9月14日 中年の星!元プロボクサー 西沢ヨシノリさん講演会

 「挫折の連続 でもあきらめない人生」と題し、元、東洋太平洋ライトヘビー級チャンピオン(日本初40歳のチャンピオン)の西沢ヨシノリさんが本校で講演をされました。この講演は、PTA同窓会の講演会で、同窓会副会長の安藤勝様が、西沢さんの道場で練習をされているというご縁から実現したものです。

9月14日 中年の星!元プロボクサー 西沢ヨシノリさん講演会

 西沢さんですが、現在56歳で、上田市の観光大使もお務めですが、現世界3階級制覇王者の井上尚弥選手の世界戦などにも同行し最前線でご指導をされている方です。出身は上田市で、20歳でプロデビューします。31歳で日本ミドル級王座を獲得し、33歳で東洋太平洋スーパーミドル級チャンピオンとなりました。その後2回の世界戦も経験し、世界チャンピオンからダウンを奪うなど健闘するも、世界の頂点にはあと一歩届きませんでした。
 プロボクシングの世界は当時37歳の定年制というものがあったそうです。しかし、西沢さんはこんなに気持ちも体も技術も充実しているのに、人それぞれ体も成長も、またピークも違うのに、同じ年で現役を退くのはおかしい、と、協会に訴え、定年制ルールの改正が実現したとのことです。その後40歳にして東洋太平洋ライトヘビー級チャンピオンを経て、45歳ではWPBF世界クルーザー級で念願の世界王者となりました。(ただし、日本におけるライセンスは41歳で返上し、海外ライセンスでの成績であるため、日本では、元東洋太平洋のチャンピンという肩書になっている、そういう表し方しかできないそうです)その後惜しまれながら47歳で引退をします。

9月14日 中年の星!元プロボクサー 西沢ヨシノリさん講演会
 西沢さんは、14回の骨折を経験し、何年間も勝てない時も経験しました。勝っているときは寄ってきた人も、負けているときに潮が引くように去っていった、ということもあったそうです。それでもくじけずあきらめず、自分が決めた目標、夢を決してあきらめずひたすら努力を続けたそうです。あるとき、菅原文太さんに食事に招いていただいたことがあり、西沢クンはどこを目指しているんだ?と聞かれ、もちろんチャンピオンです!と答えたそうです。その時文太さんは、人と同じことをやっていたらだめだ。自分の頭で何をしたらよいか、よく考えて、人と違うトレーニングをしなさい、とアドバイスを受けたそうです。西沢さんは、それから人が変わったように自分に向き合い、自分一人で黙々とトレーニングに打ち込み、研究し、そういったことを続けていたら、結果は自然とついてきたそうです。そのトレーニングを行った場所は真冬の軽井沢レイクニュータウンだったそうです。
9月14日 中年の星!元プロボクサー 西沢ヨシノリさん講演会
 世界戦でKO負けをしたとき、応援に来ていた娘さんを抱きかかえてリングにあげました。6歳の娘さんは一生懸命泣くのをこらえながら、いや泣きながら西沢さんのぼこぼこの顔をじっと見つめました。西沢さんはその娘さんを抱きかかえて「パパは負けてしまった。でも、ちゃんと立ったぞ。泣かなくていい。強くなりなさい」(ここはyoutubeで見ました)そう言いました。とっても娘さん思いの優しいパパの顔でした。

 お会いする前は、怖い方かなと思いましたが、とてもやさしくて、校長室でも、たくさん楽しいお話を聞かせていただきました。とにかく目標をしっかり持つこと、あきらめないこと、そうすれば必ず夢はかなう、何度も何度もおっしゃっていました。力強いお言葉でした。

9月14日 中年の星!元プロボクサー 西沢ヨシノリさん講演会

 講演会では、生徒たちもたくさん(先生も!)登場してくれました。西沢さんにパンチを受けていただきました。質問もたくさん出ました。ベルトって重たいんですか?(いいよ、こっちに来て持ってみな)強い人間になるには?ファイトマネーは?減量中何食べていたんですか?生徒会長のお礼の言葉もとっても心がこもっていてよかったです。

 楽しい時間でした。西沢さん本当にありがとうございました!



2022年09月15日 Posted by坂口 健之 at 09:35 │Comments(0)

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